1970年代~
70年代,(昭和45年~55年)
73年(昭和48年)第一次、79年(昭和54年)第二次オイルショック勃発
昭和55年(1980)には日本の自動車生産台数が1,100万台強で世界第一位となりました。
1972 AMC Javelin 1979 Lincoln Continental Mark V
昭和45年(1970)万国博覧会が大阪で開幕、昭和47年(1972)沖縄が日本に返還
昭和48年(1973)第一次オイルショック勃発
ガソリン・灯油など石油製品が一斉値上げ、その他の物価も大幅に値上がりしました。
昭和49年(1974)円変動相場制へ移行、1ドル=360円の固定相場が撤廃され、日本の四輪車の輸出が西ドイツを抜いて世界第1位となりました。
同年、カローラが世界第1位の量産車となり、昭和50年(1975)には日本の国民保有車両台数が3,000万台を突破しました。
この年、「共栄自動車サービス」 創業

昭和54年(1979)第二次オイルショック勃発
昭和51年(1976)、富士スピードウェイにて日本初のF1レースが開催されるもオイルショックにより「省エネルギー」という新たな課題が自動車業界に課されました。
大きな車体(フルサイズカー)、マッスルカーと呼ばれる大排気量車は排気ガス規制対策で馬力が出なくなったことと、燃費が悪く故障の多いアメ車は徐々に競争に勝てなくなっていきました。
大きな図体に大排気量のV8-6600ccエンジン、70年代最後の花、リンカーンコンチネンタルマークV

Phoenix Car Club (60年代中心のアメ車ファンクラブ)メンバーの愛車
フォード社の70年代
フォードは1960年、コンパクトカーのフォード・ファルコンを、1964年にはファルコンをベースにフォード・マスタングを出し、いずれも大成功を収めました。1970年代以降、フォードはビッグ3のライバルのほか、オイルショックの影響を受けて急速に伸びた日本の小型車との競争でシェアを失っていきましたが、フォード・ピント(1971年)などを発売し、1978年には史上最高の売上と22億ドルの利益を達成しました。
72 Ford Pinto
高級車の代名詞、キャディラック(Cadillac)フルサイズカーの70年代
フルサイズ(Full-size car)とは自動車の大きさの概念で 各メーカー(ブランド)が販売している最大サイズの車種をフルサイズと呼ばれました。 日本語では特にアメリカ製大型車を指しました。この時代のフルサイズキャディラックの優雅なスタイルと最新技術は世界各国の高級車に大きな影響を与え続け、1970年代前半にかけては販売台数が増え続けただけでなく、1973年には過去最高の販売台数を記録しました。その名声も絶頂期を迎え、エルビス・プレスリーや力道山などの世界中の大富豪やセレブ、スーパースターらが愛用し、あわせて多くの映画にも登場しました。
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80年代(昭和55年)以降
フルサイズカー、マッスルカーに転機が訪れたのは1973年、1979年の二度にわたるオイルショックでした。ガソリン価格が高騰すると消費者の趣向は小型で燃費の良いドイツ車や日本車に流れ、フルサイズカーの市場は瞬く間に縮小しました。存続したフルサイズカーも、燃費がほどほどで使い勝手の良いミッドサイズへとダウンサイジングを余儀なくされていきました......
以上「アメリカ車の歴史」はWikipediaを参考にいたしました。
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